※ 当記事には摘出臓器の写真などが掲載されています。苦手な方は閲覧をお避け下さい。
停留精巣とは?
通常、男の子の精巣(睾丸)は生後半年くらいまでにおなかの外に下りてきて、陰嚢の中に納まります。ところがまれに、精巣がおなかの中に残ったままになったり、陰嚢に納まる前に止まってしまったりする場合があります。これを停留精巣、または陰睾と言います。
停留精巣のリスク
精巣はおなかの外に出ることで体温より低い環境に置かれ、これが精子の産生に必要な条件となります。したがって、おなかの中に残ったままだと精子が作られません。しかし、もともと細胞分裂を盛んに行って精子を作る組織なので、非常に高い確率で腫瘍化します。腫瘍化すると、元々テストステロン(いわゆる男性ホルモン)を中心に分泌するはずの精巣がエストロジェン(いわゆる女性ホルモン)を中心に分泌しはじめ、身体が雌化したり、脱毛が起こったり、貧血になったりします。また、腫瘍が大きくなると、周囲の臓器を圧迫し、様々な症状を起こします。
当院では停留精巣が見つかった場合、早期の切除をお勧めしておりますが、これはこういった腫瘍を防ぐためです。
症例
ミニチュア・ダックスフント 14歳の男の子左右両方の停留精巣。
元々他院にかかっておられ、そこでは手術はいらないと言われていたそうです。当院へは椎間板ヘルニアで急に下半身がマヒして来院されました。このヘルニアに関しては手術で完全に良くなりました。
このヘルニアの手術の時にすでに停留精巣の手術をお勧めしていたのですが、残念ながら同意を得ることができず、そのままになっていたところ
・乳首が大きくなる
・どんどん太る
・左右対称性の脱毛
と、いった症状が見られるようになり、やがてよく嘔吐をするようになりました。各種検査を行ったところ
・血液検査で白血球の上昇
・レントゲンでお腹の中に大きなできもの
レントゲン(右下の姿勢):黄色い矢印ができもの
レントゲン(仰向けの姿勢):同じく黄色い矢印ができもの
・エコー検査でも液体が複数溜まったできもの
以上が確認され、早期の手術を行うようお願いし、手術を行いました。
お腹を開けると、巨大化した精巣と普通のサイズより小ぶりなもうひとつの精巣、複数のリンパ節と思われる鶏卵くらいの大きさになったリンパ節があり、出来る限り取り出しました。
小ぶりな方の精巣:実はこれも腫瘍化していました。
巨大化した精巣:上の写真と比べるとどれだけ巨大化しているかわかると思います
大きく腫れたリンパ節:形もボコボコしています
取り出したできものとリンパ節を病理検査に出したところ、やはり精巣腫瘍の一種である「セルトリ細胞腫」と「セルトリ細胞腫の転移したリンパ節」でした。しかも、精巣は大きい方も小さい方も腫瘍という結果でした。
通常、セルトリ細胞腫は転移しにくく、摘出さえすれば治ることが多いのですが、転移を起こした場合は今後の予想は非常に悪いものとなります。手術で完全に取り切れたわけではなかったので、抗がん剤を使うか飼主様と相談した結果、経過を見ることになり、手術後3カ月はいい状態を保てたのですが・・・
・手術から3カ月
レントゲン(右下の姿勢):黄色の矢印と青の矢頭の部分に新たなできものがあります。
レントゲン(仰向けの姿勢):同じく黄色の矢印と青い矢頭の部分にできもの
転移でほぼ間違いないという判断をしました。
飼主様は特別な処置は望まれず、このまま静かにご自宅で過ごすことを望まれました。
・手術から4カ月
レントゲン(右下の姿勢):先月のできものがさらに大きくなってしまいました
レントゲン(仰向けの姿勢):やはりできものが大きくなっています。
エコー
手術から半年後、残念ながらこの子は亡くなりました。
最後に
なぜ私が一番最初にこの症例を公開したのか。最初なんだから、もっとうまくいった症例を公開する方が印象はいいでしょう。でも私がもっともお伝えしたかったこと。それはこの腫瘍は防ぐことができる腫瘍だったということです。若いうちに停留精巣の摘出手術を行っていさえすれば、この子は少なくともこの腫瘍で亡くなることはなかったはずです。健康な体にメスを入れることは確かに心苦しいでしょう。我々ももちろんそうです。しかし、このような事態を招くなら、健康で麻酔のリスクも低いうちに手術をしていた方がいいと思いませんか?
停留精巣の子は若いうちに精巣を摘出してあげましょう!
獣医師 北尾
ムコ動物病院 http://www.muco.jp
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